葵が死んで2ヵ月が経った。私は2つ年上の男性とバーで出会い、付き合うようになった。以前働いていた飲食店を辞め、彼の紹介で彼の会社にバイトとして働いている。彼の名前は京介、会社員で体格や身長は標準。並んで歩くと私とだいたい同じくらいだ。
今日はデートの日。駅前で待ち合わせ。京介が手をあげ、歩いてくるのが見えた。私も手をあげようとしたとき背後から声がした。
「遥ちゃん?」
振り返ると、葵の母親が立っていた。
「お、おばちゃん……珍しいじゃん。こんなとこで会うなんて」
京介とおばちゃんを会わせたくない。だが時すでに遅し、京介は目の前に来てしまった。
「おまたせ。その人は? 知り合い?」
おばちゃんは京介を見上げて微笑み、会釈する。
「遥ちゃん、彼は誰なの? 紹介して」
最悪だ。おばちゃんは明らかににやけている。落ち込まなかっただけよかったと思おう。私はため息を吐き、しぶしぶ紹介した。
「この人は京介。今のところ恋人」
「今のところって……」
京介は苦笑いして私を見ていたが無視して話を続けた。
「で、この人は……」
おばちゃんを紹介しようとして言葉に詰まった。おばちゃんはそんな私に気づいて笑顔で京介に話しかける。
「うちの娘と遥ちゃんが友達でね。遥ちゃんは私にとって娘みたいな存在なの。だから嬉しいわ。娘に恋人ができたみたいで」
おばちゃんの目が少し潤んで見えた。
「じゃあ、遥ちゃん、京介さん、楽しんでね。デートの邪魔しちゃ悪いから、またね」
そう言って、おばちゃんは手を振りながら笑顔で去って行った。
「優しそうな人だね。そんなに仲のいい友達がいたんだ。またいつか紹介してほしいな」
「だめ。かわいいから絶対浮気するもん」
「え!? しないよ。そんなに信用ないのか……」
京介は少しうつむく。
「ほら、行くよ。映画観るんだろ」
私は京介の腕を引き、微笑みかけた。京介も笑顔になった。
映画を観てディナーを食べた。駅までの道をいつものように並んで歩いた。駅の灯りが見えてきたとき、京介が立ち止まる。
「京介?」
「もう少し一緒にいたいな」
「ごめん。前にも言ったけど、私これ以上遅くなると朝起きれなくなるからさ」
「そっか……そうだね。ごめん」
私たちは改札で別れ、別々の電車に乗った。京介には悪いと思うが、私には時間を無駄にする心の余裕はない。私にとっての夜とは1日の中で一番大切な時間なのだ。
一度帰宅し、バイクに乗り走り出す。しばらく走り、小さなアパートの前でバイクを停める。私はこのアパートの住人に会うために来た。何時間だって待つつもりでいたが、思ったより早く住人は姿を現した。私は住人の後をつけ、住人が家のドアを開けたのを見計らって声をかけた。
「あの、ラッキーセブンさんですよね」
振り返った男は驚きを隠せない様子だ。
私は男の口を手で塞ぎ、暴れないよう動きを封じながら家の中に押し入る。男を布団です巻き状態にし、その上に馬乗りになった。男は恐怖の表情を浮かべ声をしぼり出した。
「お、おまえは誰なんだ。なぜその名前を……」
「あんたさ、SNSでひっどいことばっか言ってるよね。死ね、消えろ、生きる価値ない、他にもいっぱい。それで傷ついて本当に死ぬ奴がいるって少しは考えたことあんの?」
「そ、そんなのみんな言ってるだろ。ムカついたから言っただけだ。まともに受けて死ぬ奴なんか――」
「いるよ。私の友達死んだよ」
男の顔は血の気がひいたように青ざめた。
私は男を冷たい目で見下ろし、包丁を振り上げる。
「じゃ、死ぬ時間だよ」
「ま、待ってくれ! 悪かった。そんなことになってるとは知らなかったんだ! 何でもする。何でもするから殺さないでくれ!」
男は額に汗をかき、声を震わせながら懇願している。これが本物の命乞いかとまじまじと見つめていた。男は私をなだめようと続けて話す。
「な? 頼むよ。包丁を下ろしてくれ……な?」
私は男の目をじっと見つめた。
「わかった」
男はほっとしたのか表情を緩める。それと同時に私は包丁を男の胸に突き刺した。男は驚いた顔で私を見て、苦しそうに顔を歪める。
「な、なんで……頼む……」
男は声をしぼり出すように私に訴えかける。
「簡単に許されると思うな。殺される覚悟もないなら最初からやるんじゃねえよ。誰かを傷つけるってことは同時に誰かに仕返しされるリスクを伴う。たとえネットの世界でも、匿名だから大丈夫ってのは大きな間違いだ。本気になれば見つけるのなんて簡単。自分の愚かさを後悔しながら死にな」
私は男の息が絶えるまで何度も何度も刺し続けた。男が動かなくなったのを確認し、男のズボンのポケットから携帯を取り出し、テーブルの上に置いた。そして血だらけの包丁を携帯に突き刺した。その横に「ルチフェル」と書いたメモを置いた。
今日、ここから私の復讐は始まった。不思議と何も感じない。人を一人殺したのに、苦しみも罪悪感も恐怖もない。私の心は壊れてしまったのかもしれない。それでもいいと思った。葵のいない世界で心を正常に保っていても苦しいだけなのだから。壊せるもの全てを壊して、いつか全てが終わったら葵の元へ行こう。
今日はデートの日。駅前で待ち合わせ。京介が手をあげ、歩いてくるのが見えた。私も手をあげようとしたとき背後から声がした。
「遥ちゃん?」
振り返ると、葵の母親が立っていた。
「お、おばちゃん……珍しいじゃん。こんなとこで会うなんて」
京介とおばちゃんを会わせたくない。だが時すでに遅し、京介は目の前に来てしまった。
「おまたせ。その人は? 知り合い?」
おばちゃんは京介を見上げて微笑み、会釈する。
「遥ちゃん、彼は誰なの? 紹介して」
最悪だ。おばちゃんは明らかににやけている。落ち込まなかっただけよかったと思おう。私はため息を吐き、しぶしぶ紹介した。
「この人は京介。今のところ恋人」
「今のところって……」
京介は苦笑いして私を見ていたが無視して話を続けた。
「で、この人は……」
おばちゃんを紹介しようとして言葉に詰まった。おばちゃんはそんな私に気づいて笑顔で京介に話しかける。
「うちの娘と遥ちゃんが友達でね。遥ちゃんは私にとって娘みたいな存在なの。だから嬉しいわ。娘に恋人ができたみたいで」
おばちゃんの目が少し潤んで見えた。
「じゃあ、遥ちゃん、京介さん、楽しんでね。デートの邪魔しちゃ悪いから、またね」
そう言って、おばちゃんは手を振りながら笑顔で去って行った。
「優しそうな人だね。そんなに仲のいい友達がいたんだ。またいつか紹介してほしいな」
「だめ。かわいいから絶対浮気するもん」
「え!? しないよ。そんなに信用ないのか……」
京介は少しうつむく。
「ほら、行くよ。映画観るんだろ」
私は京介の腕を引き、微笑みかけた。京介も笑顔になった。
映画を観てディナーを食べた。駅までの道をいつものように並んで歩いた。駅の灯りが見えてきたとき、京介が立ち止まる。
「京介?」
「もう少し一緒にいたいな」
「ごめん。前にも言ったけど、私これ以上遅くなると朝起きれなくなるからさ」
「そっか……そうだね。ごめん」
私たちは改札で別れ、別々の電車に乗った。京介には悪いと思うが、私には時間を無駄にする心の余裕はない。私にとっての夜とは1日の中で一番大切な時間なのだ。
一度帰宅し、バイクに乗り走り出す。しばらく走り、小さなアパートの前でバイクを停める。私はこのアパートの住人に会うために来た。何時間だって待つつもりでいたが、思ったより早く住人は姿を現した。私は住人の後をつけ、住人が家のドアを開けたのを見計らって声をかけた。
「あの、ラッキーセブンさんですよね」
振り返った男は驚きを隠せない様子だ。
私は男の口を手で塞ぎ、暴れないよう動きを封じながら家の中に押し入る。男を布団です巻き状態にし、その上に馬乗りになった。男は恐怖の表情を浮かべ声をしぼり出した。
「お、おまえは誰なんだ。なぜその名前を……」
「あんたさ、SNSでひっどいことばっか言ってるよね。死ね、消えろ、生きる価値ない、他にもいっぱい。それで傷ついて本当に死ぬ奴がいるって少しは考えたことあんの?」
「そ、そんなのみんな言ってるだろ。ムカついたから言っただけだ。まともに受けて死ぬ奴なんか――」
「いるよ。私の友達死んだよ」
男の顔は血の気がひいたように青ざめた。
私は男を冷たい目で見下ろし、包丁を振り上げる。
「じゃ、死ぬ時間だよ」
「ま、待ってくれ! 悪かった。そんなことになってるとは知らなかったんだ! 何でもする。何でもするから殺さないでくれ!」
男は額に汗をかき、声を震わせながら懇願している。これが本物の命乞いかとまじまじと見つめていた。男は私をなだめようと続けて話す。
「な? 頼むよ。包丁を下ろしてくれ……な?」
私は男の目をじっと見つめた。
「わかった」
男はほっとしたのか表情を緩める。それと同時に私は包丁を男の胸に突き刺した。男は驚いた顔で私を見て、苦しそうに顔を歪める。
「な、なんで……頼む……」
男は声をしぼり出すように私に訴えかける。
「簡単に許されると思うな。殺される覚悟もないなら最初からやるんじゃねえよ。誰かを傷つけるってことは同時に誰かに仕返しされるリスクを伴う。たとえネットの世界でも、匿名だから大丈夫ってのは大きな間違いだ。本気になれば見つけるのなんて簡単。自分の愚かさを後悔しながら死にな」
私は男の息が絶えるまで何度も何度も刺し続けた。男が動かなくなったのを確認し、男のズボンのポケットから携帯を取り出し、テーブルの上に置いた。そして血だらけの包丁を携帯に突き刺した。その横に「ルチフェル」と書いたメモを置いた。
今日、ここから私の復讐は始まった。不思議と何も感じない。人を一人殺したのに、苦しみも罪悪感も恐怖もない。私の心は壊れてしまったのかもしれない。それでもいいと思った。葵のいない世界で心を正常に保っていても苦しいだけなのだから。壊せるもの全てを壊して、いつか全てが終わったら葵の元へ行こう。
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